「いい人」だと思われることのリスク

いい人なんていない

ずっと無料で受けられるヒーリングなんてものをやっていると、たまに「いい人」というレッテルを貼られそうになることがあります。

 

いい人だから、無料で困っている人を助けているのだろう。と感じてもらっているのだと思います。

 

もちろん、そう思われて悪い気はしないのですが、複雑な気分になるのも事実です・・

 

世の中に「いい人」は存在しません。

 

存在するのは「いいところがある人」だけです。

 

コロナウィルスによって世の中が混乱している時に、「何かできることをしよう」と思い、行動に移したことに関していえば、それは僕の「いいところ」なのかもしれませんが、それだけで全面的に「いい人」だと思われてしまうのは荷が重すぎます・・

 

僕は僕の「わるいところ」を沢山知っていますからね(笑)

 

「いい人」というレッテルを貼られてしまうと、僕の中の「わるいところ」がうずくんですね・・

 

「いや、自分はそんな人間じゃないですから・・」と。

 

人を見る時の「解像度の低さ」に戸惑う・・と言ってもいいかもしれません。

 

最近、表に出している「建前の顔」と、裏に隠してきた「本音の顔」のギャップがあまりにも大きすぎたことがバレて、

 

テレビから忽然と姿を消してしまったお笑い芸人の方※がいましたが、自分の「わるいところ」を自覚しながらも、どんな気持ちで、良いイメージの自分を演じ続けていたのだろう・・と余計な想像をしてしまいました・・
(※この記事は2020年7月に書いたものです。AというコンビのWさんと言えばおわかりいただけるでしょうか)

 

そして、誰にでもある「わるいところ」は、隠そうとすればするほど、むしろ反発して膨れ上がってしまうものなのかもしれないな・・とも思いました。

 

あんなに頭がいい人が、衝動を抑えきれず、あんなに軽率なことをしてしまうわけですから・・
よっぽどストレスがたまる生き方をしてきたのかもしれませんね・・

 

何を言いたいのかわからなくなってきましたが、とにかく、あまり無理をして「いい人」でいようとするとストレスがたまるということです。

 

ですので、「いい人」のレッテルを貼られそうな気配を感じた時には、僕は自分の「わるいところ」を交えたエピソードを話すようにしています。

 

「いい人」と思われるよりも「正直な人」だと思われたほうがラクですからね。

 

余談ですが、ある程度、高い解像度で人を見ることができたなら、相手を勝手に「いい人」だと決めつけて、勝手に「想像と違った…」と憤慨するようなことが減る気がします。

 

誰に対しても、一方的な見方を押し付けないようにしたいものですね。